TOP PAGE 210万人死亡イメージ 木村盛世等
新型インフルエンザで重症者や死者が多い理由を図解する
番外編 新型フル患者分布地図 国立感染症研究







1918年の新型インフルエンザウイルス罹患患者の収容の様子…こんなことにはならないのでご安心ください

厚生労働省:新型インフルエンザ対策関連情報
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html

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江戸時代の新型インフルエンザ 

慶長19年(1614年)9月 畿内ほかで風疾(インフルエンザ)流行
元和2年(1616年)10月 麻疹(ましん)流行

 現在、国立公文書館で「病と医療 - 江戸から明治へ - 」という特別展が開かれています(2008年4月24日まで開催)。

   驚くべきことですが、江戸時代の感染症などの流行動向の記録が、詳細に残されています。歴史上、疫病や飢饉が人々の生命、生活を脅かす時代が繰り返されてきたことから、時の為政者はその動向や治療に関する記録を残すのに熱心だったようです。「妙法寺記」「見聞集」などの公文書が展示されています。

 「養生訓」や「重訂解体新書」など、歴史の教科書にも登場する有名な書物も展示してあります。「養生訓」を貝原益軒が著述したのは84歳のときとされています。自ら養生訓を実践したことが、長寿につながったのかもしれません。

   江戸時代には、ワクチンも、タミフルも防護服もありませんが、インフルエンザ(当時にすれば現在の新型インフルエンザに相当)などの新たな感染症が発生したことは明らかですが、被害は大きかったものの、日本国が滅亡したわけではなく、現在まで日本という国は存在し続けています。明日、新型インフルエンザが発生しても、人類が滅亡するわけではなく、またそれも自然の摂理であると考えるのは世の中を達観しすぎなのでしょうか。歴史に思いをめぐらすとともに、現代の医療はいかに記録され、数百年後、どのように検証されるのかと想像せずにはいられません。

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[ 2008/04/09 00:00 ] 過去のパンデミック事例 | TB(0) | CM(1)

風疾

風疾=インフルエンザですか。
おかげさまで『京都歴史災害年表』という資料を見つけることができました。http://www.rits-dmuch.jp/rekishisaigai/6go.html
802年以降の災害の記録で、風疾の記述も掲載されておりました。疾病が起こるたびに、大祓、仁王会、金剛般若経1万巻納経などが行われていることを知り、身震いしました。当時も防災のためにコストを払っていたんですね。
東京はいろいろな催し物があってうらやましいです。
[ 2008/04/09 01:52 ] [ 編集 ]

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